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    【内容情報】(「BOOK」データベースより)
     ヒマラヤ聖者のアメリカ版!シャスタ山で著者のもとに現れたサン・ジェルマン(セント・ジャーメイン)。体を自由に出現させる力を持ち、古代に栄えた文明を著者に案内する!内なる神、永遠の一なる法則、物質を支配する法則を伝える!
    【目次】(「BOOK」データベースより)
     1章 マスターとの出会い/2章 サハラ砂漠/3章 ロイヤル・ティトン/4章 イエローストーンの謎/5章 インカ時代の記憶/6章 アマゾン川に沈む帝都/7章 秘密の渓谷/8章 神の遍在する力/9章 金星からの訪問者







    「その人の思考のあるところにその人がある」という言葉にグッときたので、『zeraniumのブログ』さんから、「人の意識は自分が思い描いた通りの人にする」という記事を転載します。




    人の意識は自分が思い描いた通りの人にする



       あなたが望むものは必ず、宇宙のどこかに現れる。
       それが生命の真理だ。願う思いが強ければ強いほど、成し遂げられる時期も早くなる。ただし自分と同じく神の子である他の人々や、神の創造物が損なわれるのを願い愚かな行為を及ぼすとすれば、自分自身の人生経験のどこかで必ず不和や失敗として罰金を支払わされるだろう。願いを完全に実現したければ、1人1人の人間に対する神の意図が、善と完璧さに満ちていることを忘れてはならない。

       創造主は世界を完璧なものに創造し、その子どもたちにも自分と同じ力を与えられた。本来人間も完璧なものを創造し維持できるし、地上でそれを表現できるはずなのだ。人間は神なる似姿に創られているので、もしそうならないとすれば、1人1人が自分に与えられている神の権限を正しく使い、自分の世界を正しく統治していないからだ。そうであれば万物に平和も祝福も注ぐことができず、神の愛の法則も果たすことができないだろう。

       その原因は、人間が自らのうちに最も崇高な生ける神を宿していることを知らず、それを絶えず意識していなければならないことに気づかず、認めもしないことにある。現在という幻想の時間と空間、行動の限界に囚われており、ある物を必要としていながら、与えようとする相手を拒絶する人のようでいながら、どうやって恩恵を享受することができるのか?

       残念ながら、現在の人類の意識はそのような状態である。
       自分の内なる神が支配者であり贈り主あり、1人1人の人生や世界に訪れるあらゆる善を行なう存在であることを受け入れるまでは、人間はそうした意識のままで居続けるだろう。1人1人の自己、そして人間の行為、あるいは意識の外界に向けた活動のすべては、何一つ自分のものではないことを認めなければならない。それも完全かつ無条件にだ。なぜなら個人が発するエネルギーはすべて、内なる神によるものであるからだ。

       内なる神への愛と称賛、絶え間ない配慮の心を持ち、自分が正しい意図で使うために何かを望むならば、たとえば真理や健康、自由、平和、驚異などに集中し、あなたの思いと感情をねばり強く意識に保ち続けるならば、宇宙において大いなる引き寄せの法則が働き、必要とする場所に顕在化するはずだ。『心に思い、感じたものは形になる』とは、生命の永遠の法則である。つまり、その人の思考のあるところにその人がある。その意識はその人のためにあり、その人が思い描いたとおりにその人はなるからだ。


    類は類を呼び、ネガティブはネガティブを引き寄せる

       憎しみや非難、批判、妬み、羨望、恐れ、疑念、好色といった思いを絶えず内に抱き、そうした思考や感情が苛立ちを生み出すままにしていると、それは確実に、本人の心身や状況に不和や失敗、災難をもたらすことになる。それは対象が国家であれ、他人であれ、場所や状態、何らかの物体であっても同じである。

       自分のネガティブな思考に焦点を合わせたことで、そのネガティブは心や体、そして物事を構成する物質に吸収される。そうなるとその人のネガティブな傾向はますます強まることになり、同じような性質を持つものをどんどん引き寄せるようになる。

       調和を欠いたネガティブな事柄は、思考や感情を介してその人とその人の世界に入ってくる。それは表面意識で知覚する前に、無意識に取り入れてしまうこともある。このように、習慣によって内面に溜め込んだ負の堆積物は、そのくらい強い吸引力でネガティブを引き寄せる。

       人間は意識や知覚に余りにも無頓着であるが、思考を『物』に変えるのは知覚によって蓄積されたエネルギーである。だからこそ自分が生み出す感情はどのようなものかに注意を払い、激高しないように気をつける必要がある。なぜなら精神的なバランスを保つのも、体の健康を維持するのも、あるいは社会で成功するにも、すべてに感情のコントロールが最も重要だからだ。そして思考は感情に裏打ちされて、初めて物質化するということも覚えておいてほしい。


    自分の思考と感情をコントロールする

       聖霊とは、生命である神の感情面であり、神の愛もしくは神の母性の活動である。
       そのゆえに聖霊を冒涜(ぼうとく)すると、苦悩がもたらされるといわれる所以(ゆえん)である。なぜなら感情面に生じる不和は何であれ、バランスや調和、完全性の法則である愛の法則を損なうからだ。愛の法則に背くという、この宇宙における最悪の罪を人間は犯し続けており、怒りなどの破壊的感情を絶えず生み出し続けている。

       この地球とその環境に存在する邪悪で破壊的な力は、人間の思考や感情によって引き起こされているものだが、いつの日にか人類は、各自の日々の生活における感情のコントロールの欠如を通じてのみ、そうした邪悪や破壊的な力が個人や国レベルの物事に入り込むことを認識するだろう。なぜならどれほど破壊的な思考の実現であっても、感情の領域を通らない限り表面化も顕在化もできないからだ。つまり、物質的な原子と精神が結びついて固まった時、初めて破壊的な思考は形を取る。

       突然の爆発音は、それを聞いた人間の神経系統に衝撃を与え、体内の細胞を動揺させるが、同じことが感情にも言える。怒りの噴出はそれを受け止めた人間の心や体、そして取り巻く環境の原子構造に衝撃を与え、微細な物質の調和を乱す。そうした悪影響を受け取った受け手が今度は、意識的にあるいは無意識的に、怒りを外に向けて放つようになる。調和を伴わない感情は、老化や記憶力の低下や、その他人生におけるさまざまな欠陥を生み出す。

       調和のない思考や感情を外に表すのは簡単に抵抗なくできる。
       それはコントロールや規律とは無縁で、精神的に幼く成熟していない者に特有の行為である。そういう者たちは内なる神の法則を理解しようともせず、宇宙の法則に従って神の子としての本来の役目に気づくこともない。

       自分の思考や感情をコントロールできない、あるいはコントロールする気のない者は、正しい道を歩んではいない。そういう者は、意識の扉をいくつも全開にして、そこから他人の心や感情が吐き出した不和を呼び込んでいるのだ。破壊的な衝動や邪悪な思いに従うのに、知性や訓練などは必要ないし、自分の力を正しく用いる必要もない。そのように振る舞う大人は、結局、自分を抑制できない段階にある子どもに過ぎない。

       生まれてから死ぬまでの過程で、自己抑制を身につけないことは、人間として恥ずべき人生だ。現在の人間社会にとってそこが最大のネックだと告げておく。それもまた自分たちが作り出した環境や社会に浸かり過ぎた結果であり、調和のない習慣に傾くのはそれほどに容易(たやす)い。

       人間は自ら敷いた繰り返しの限界を超えるためにも、表面意識のコントロールによって、そのような状態から抜け出す努力をする時期に来ている。凝り固まったネガティブな思考や感情に囚われ続ける限り、この世界から、自分の人生から、貧困や不和、破壊的な要素を取り除くことはできない。1人1人を取り巻く環境から生じる小さな不快感の積み重ねが不和を生み出し、それが自分の心と体に生命が力強く流れるのを妨げているのだ。



        (セント・ジャーメインによる)
       『明かされた秘密』 ゴッドフリー・レイ・キング著/ナチュラルスピリット

                                抜粋





    ホントに、考えることの内容に気をつけたいと思いますです、ハイ。





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