【内容情報】(「BOOK」データベースより)
     野菜の育て方から五右衛門風呂の作り方まで昔ながらの知恵がギッシリ!!DASH村から産地直送でお届け。
    【目次】(「BOOK」データベースより)
     1章 初めての田舎暮らし(田舎の家を安全に確保する/憧れのかやぶき屋根の家を持つには ほか)/2章 畑の知恵(三〇坪の畑を六つに分ける/春はジャガイモのタネつけから ほか)/3章 食の知恵(味噌づくりを極める/自家製コウジをつくる ほか)/4章 暮らしの知恵(炭焼き窯をつくる/炭焼きの過程で採れる木酢液 ほか)
    【著者情報】(「BOOK」データベースより)
    三瓶明雄(サンペイアキオ)
     昭和4年11月27日生まれ。農業一筋65年のスーパー農民。『ザ!鉄腕!DASH!!』のDASH村では、農業指導者として、米や野菜のつくり方からヤギや犬の飼い方まで多岐にわたって村を支える

    太田空真(オオタクウシン)
     エッセイスト。生活デザイン研究所所長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)






    テレビ番組『ザ!鉄腕!DASH!!』の「DASH村」に農業アドバイザーとして出演していた三瓶明雄氏が亡くなられた。
    享年84歳。

    明雄さん

    年齢だけ見ると、もういい御歳のようにも思えるが、私がテレビで観ていた明雄さんは、とても壮健で頑丈なまさに開拓農民「農業の達人」といったお姿だったので、早すぎるような気がしてならない。

    あの地震が無ければストレスや哀しみも少なく、今もずっとDASH村でお元気で過ごされていたのでは・・・・なんてことを考えてしまうが、それは空しいというものだ。

    まさに「大地に生きる」素晴らしい方だったと思う。

    ああ、ファンでした、明雄さん。


    THE 鉄腕DASH! 2014/6/8放送 三瓶明雄さん TOKIO追悼メッセージ DASH村



    謹んで哀悼の意を表します。









    三瓶明雄さんにTOKIOが送った歌 FULL DASH・ダッシュ村 追悼動画 2014年6月6日




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    <追記・ニュース>
    「DASH村の父」 一生懸命なTOKIOに農業教えることを楽しんだ

    「DASH村の父」 一生懸命なTOKIOに農業教えることを楽しんだ

    NEWS ポストセブン 6月12日(木)7時6分配信

     ときおり肩を震わせながら、TOKIOのリーダー・城島茂(43才)は、棺の中で安らかに眠る“DASH村の父”の顔を覗き込み、別れの言葉をかけながら大粒の涙を流していた。

     6月9日、『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)の人気コーナー『DASH村』で、“農業の達人”としてTOKIOの指導役を務め、6日朝に急性骨髄性白血病のため亡くなった三瓶明雄さん(享年84)の通夜が福島市内の斎場で、しめやかに執り行われた。

     200人ほどが集まった広い会場の祭壇には、山のようにかたどられた青々とした木々と、たくさんの白い花やひまわりに囲まれ、トレードマークの白い手ぬぐいを頭に巻き、青空をバックににっこりと笑顔を浮かべる三瓶さんの遺影が飾られていた。

     会場へと続く通路には、何十枚もの写真が並べられ、そのほとんどが、三瓶さんの人生ともいうべき、農作業に勤しんでいる姿だった。

     喪服姿でその会場に現れた城島は、14年に及ぶ三瓶さんとの交流を、ひとつひとつ思い出すように語りかけていたのだろう。

     三瓶さんの知人が、こう振り返る。

    「『DASH村』に出演するようになった直後に、三瓶さんは奥さんを亡くしました。大事な人を失い、子供たちも独立していたため、ひとりになってしまった。三瓶さんは憔悴しきっていました。でも、『DASH村』にかかわっていたおかげで“大変な時期だったけど、村に新しい生きる目的を見つけられた”“一生懸命な彼らに教えるのが、すごく楽しい”なんて嬉しそうに話していました」

     70才を超えてから見つけた、新たな生きがいだった。

     そんな三瓶さんだが、仕事に対する厳しさも持ち合わせていた。口癖だった「まだまだ」という言葉。これは「満足したら、それ以上向上しない」という思いからで、どんなにいい仕事ができたと思っても「まだまだ」と言うようにしていたという。

     その思いは、TOKIOのメンバーにも伝わり、彼らは多忙のなか、車で往復8時間の道のりを10年以上通い続けた。そんな5人に対し、三瓶さんはこんなことを語っていた。

    「最初はみんな小さな虫を怖がっていたほどだったけど、一生懸命勉強して、今ではとても頼もしい存在になったね。息子に教えている感じだよ」

    “5人の息子たち”も三瓶さんを「明雄さん」と呼び、父親のように慕った。彼らはコンサートに三瓶さんを招待、三瓶さんも自宅の自分の部屋には、TOKIOのポスターを飾っていたという。

    ※女性セブン2014年6月26日号



    <追記・ニュース>

    TOKIO城島「笑顔」で101キロ完走!天国の明雄さん、ありがとう

    TOKIO城島「笑顔」で101キロ完走!天国の明雄さん、ありがとう

    スポーツ報知 9月1日(月)7時4分配信

    白鉢巻の城島茂 

     日本テレビ系「24時間テレビ37 愛は地球を救う」のチャリティーマラソンに挑戦した「TOKIO」の城島茂(43)が31日午後8時48分、東京・北の丸公園の日本武道館にゴールした。ジャニーズ史上最長の101キロに挑んだリーダーは、メンバーや沿道のファンからの励ましを受け発奮。今年6月に死去した農業の師匠・三瓶明雄さん(享年84歳)の生き方から学んだ「笑顔」を絶やさず、放送時間内に完走し、メーンパーソナリティー・関ジャニ∞らに迎えられた。

     涙はなかった。20年前にデビュー会見を行った思い出の日本武道館。43歳になったリーダーは、笑っていた。

     放送終了直前。ラスト300メートルを伴走したTOKIOのメンバーに「一緒にゴールしよう」と手招きするも、メーンパーソナリティーの関ジャニを立てたいという兄心を見せた4人は「1人で行け」とまさかの“拒否”。達成感と照れ笑いのなかゴールし、城島は「いくつになっても結局はやる気。僕のチャレンジが、新たな奇跡や出会いを導いてくれれば」と語った。

     30日午後7時7分に神奈川県内をスタート。当初はジョークを飛ばす余裕もあったが、しだいに疲労は蓄積。膝が重くなり、31日昼過ぎからは足が止まり始めた。しかし、残り5キロを切った地点から猛然とスパート。「すごく痛かったけど、間に合わないとメンバーに顔向けできないと思った」。25時間41分の挑戦で、体は限界だったが、気力を振り絞った。

     天国で見守る、大好きな人に向けての101キロだった。人気番組「ザ!鉄腕!DASH!」で00年から始まった企画「DASH村」で農業を教えてくれたのが明雄さん。マラソンのオファーを受けた今年5月には、闘病の真っ最中。「走る姿を見てもらうことで元気になってほしい」という一心で引き受けたが、その3週間後、明雄さんは帰らぬ人となった。

     生きていたらきっと、ゲキを飛ばしてくれたはずだ。願いはかなわなかったが、明雄さんの魂は、城島の胸の中に生きている。闘病中も笑顔を絶やさなかった明雄さんのように、心が折れそうになるたびに笑った。沿道のファンには手を振り返した。明雄さんのトレードマークだった白いタオルでハチマキを締めた。「明雄さん、見ていてくれてるかな」。一緒に走っている気がした。

     運動神経ゼロの中年の星。「40代、まだまだ捨てたもんじゃないってことをオジサンたちに分かってもらえたら」。リーダーの走りが、日本中に勇気と感動を与えた。


    城島茂マラソン中にTOKIOメンバーが乱入w








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