ここのところ不安定な天気が続いている。

    朝は晴れているのに、夜になると雨になっていることが多い。特に、私のお散歩時間は晴れに曇りに雨、突風と、なんかメチャクチャ忙しい。

    昨日も一昨日も、結局帰りは折りたたみの傘を使った。
    本日は、途中の毘沙門さま(華蔵院)でパラパラと来たが、傘を差すほどもなく終わった。

    もしウチに諸葛孔明先生がいてくれたら、

    「本日は郵便局でいっぱいになった通帳を新しくして、それからささやかな仕事が終わったことを祝して外でランチ、そしてお散歩なのですね。ふむ。今の時刻から出かければ、毘沙門さまあたりでパラパラと来るかもしれませんが、傘を差すほどのことでもないでしょう。ま、用心のために折りたたみ傘を・・・え、もうバッグに入れてある? 宜しい。完璧ですな。えっ、なぜそんなことがわかるのか? ですか? 私の気象予報は絶対ですし、それに本日は急に寒くなりました。天気もいまいち宜しくない。人の出足も鈍り、遅れがちとなるでしょう。よって今の時間帯なら、郵便局はそんなに込んでいないはずです。待ってもせいぜい10分ほどでしょう。それから食事する店へ行っても、やはりまだ早い時間帯なのでこちらも込んでいないでしょう。今日の気温なら、うどん屋さんの方が込むのではないでしょうか。そして写真を撮るにもお天気がいまひとつなので、shokoさんの写真撮影の寄り道も、そんなに時間はくわないでしょう。で、いつもよりshokoさんのお散歩の速度が速いということを考えれば・・・・やはり毘沙門さまのあたりですな、パラパラくるのは。なに、粒は大きめの雨ですが、毘沙門さまを拝むうちに、すぐに止んでしまいますよ・・・・」

    などと、言ってくれるのだろうか? スゲーな先生(って勝手に作るなよ;;)。


    ま、諸葛孔明先生での気象エピソードは、赤壁の戦いの時の風向きを変えての大勝利が有名ですが、

    道士姿の孔明先生

    ↑七星壇を築かせて、そこで道士の扮装までして、風向きを変えるための祈祷する孔明先生。

    実はこの件に関しては、この時期、ずっと吹き続けている西北の風が急に風向きを変えて、3日間だけ東南の風になるということを、地元の漁師から聴いて知ってたという説が有力。その説をとると、この場面は芝居っ気たっぷりなお茶目なコスプレ孔明先生ということになります。

    そして第2位に位置する霧を利用しての「草船で矢を借りる」作戦が

    草船で魯粛さんとなごむ孔明先生

    上は、草船で魯粛さんとなごむ孔明先生なんですが、『三国志 Three Kingdoms』ではわかりやすい写真を見つけられなかったので、映画『レッドクリフ』から持ってくると、

    レッドクリフの草船借箭

    レッドクリフの草船借箭2

    こんな感じ。

    中国では切手も発行されてます。

    草船借箭の切手シート

    なかなかイイッスね。

    でもその二つのエピソードよりも、私の印象に残っているのは、中国ドラマ『三国志 Three Kingdoms』では35話のラスト、新野(地名。劉備が統治していた場所。)に火を放ちながら逃げる作戦ですね。

    「荊州と西蜀を得れば、天下を半分得たも同然」そこを足がかりに20年計画で天下を統一しようよ、との孔明先生<天下三分の計>

    隆中策


     Wikipedia「隆中策」より 

     隆中策(りゅうちゅうさく)は、後漢末期に諸葛亮が劉備に説いた戦略(フィクション)。日本では天下三分の計(てんかさんぶんのけい)として知られる。

    <背景>
     当時、曹操は汝南袁氏を倒して中原地方をその支配下に治めており、中国全土の統一までは揚州の孫権、荊州の劉表、益州の劉璋、漢中の張魯、涼州の馬超・韓遂などを残すのみとなっていた。

     その頃、流浪の身であった劉備は劉表のもとに身を寄せていた。劉表が支配する荊州は、揚州と益州の中間に位置しており、軍事的に極めて重要な地域となっていた。

    <内容>
     このような情勢を踏まえ、諸葛亮は劉備に対し、曹操への対抗策として天下三分の計を説いた。その内容は、劉備が荊州と益州を領有し、劉備、曹操、孫権とで中国を大きく三分割する。そして孫権と結んで曹操に対抗し、天下に変事があった際、部下に荊州の軍勢を率いて宛・洛陽に向かわせ、劉備自身は益州の軍勢を率いて秦川に出撃することにより曹操を打倒し漢王朝を再興できる、というものである。

    隆中策2

    新三國第34集0


    に感激した劉備のくせに、とうとう劉表が死に、本人の劉表だって劉備に荊州を譲りたいと遺言してるのに、自分と同じ「劉」の家のものを横取りできない、とどこまでも筋を通したために、劉備軍は、この機に乗じて荊州を乗っ取りに来た曹操の猛追をかわしながら、命からがら逃げるハメに。

    そのときの孔明先生の作戦がまた凄かった。
    (以下、日本語版のドラマを参照できないので、細かいとこが間違ってたらスミマセン;;)

    孔明先生は劉備に「新野を捨てて江夏へ退くこと」を進言して承諾を得ると、


    ①関羽には3千の兵を与えて河の上流へ向かわせ、土嚢で水の流れをせきとめさせる。そして、子(ね)の刻に下流で人馬の気配がしたら、放水して敵を攻めさせる。

    ②そして張飛には3千の兵を与えて河の渡しで待ち伏せさせ、放水に驚いて逃げ込んできた敵をそこで猛攻撃。

    ③趙雲には3千の兵をを与えて4つに分けさせ、そのうちの3つを新野の西、南、北の各門にそれぞれを配置。民家の軒には硫黄と硝炭を布に包んで(火薬の材料)隠しておく。そして敵が新野に入り、民家などで休み始めたら、大風が吹くのを待って火矢を放つ。新野が火の海と化したら、西、南、北門に配置した兵に合図し、敵を東に追い込む。(民家の住人たちにはあらかじめ報告してあるし、他所の土地で生きていけるだけのお金も渡してあります。住人たちは劉備を慕っているし、非常時だということも充分理解しているので、この作戦を承諾してます。完璧です、先生っ!)

    ④関平と劉封には2千の兵を与え、赤と青の旗を持たせて待ち伏せ。敗残兵が逃げてきたら、赤と青の兵が左右に分かれて、旗を振って騒ぐ。不審に思ってあえて向かってくることなく撤退する敵に追い討ちをかけて、博陵へ向かわせるようにする。

    ・・・・という、③の部分ですね。

    「明日の黄昏時には、必ず大風が吹くから」と言い切る孔明先生。もうこの作戦は、大風が吹かなかったら成り立たない作戦なんです。

    まぁ、それだから一番冷静で信頼のおける趙雲に任せたんだと思います。

    趙雲は「軍師どのがそう言うのなら絶対に大風が吹くから、それまで準備万端整えておかなくちゃ」とか、何の疑いもなく作戦を遂行しますからねー。これが軍師に対する信頼もまだ強くなくて短気な張飛なら、黄昏になるかなり前から「風が吹かないじゃないかっ。孔明のヤツめ、苦し紛れに立てた戦略だったのではないかっ!」とか怒り出しそうだもんね。

    予定通りちゃんと風は吹き、とりあえず大成功。

    ・・・・・だけども、ま、所詮は時間稼ぎくらいの勝ちで、すぐに絶対絶命の長坂の戦いになだれ込むんですが。

    それでも私は、孔明先生の戦略は、絶体絶命の場面でこそその威力を発揮する(攻撃よりも防御が素晴らしい)魅力的なものが多いと思っているので、この35話のエピソードが大好きです。


    新三國第35集5

    ※ 孔明先生の戦略伝達は1:20秒あたりから。


    気象が読める人って、なんか自然と共に生きてるって感じでカッコイイっすよね。
    (映画『レッドクリフ』では、私は農民だから天気がわかる的な台詞がありましたっけ)

    だからその命運が尽きる時、鉄板状態だった気象も変わる・・・。

    天命の五丈原1

    天命の五丈原2

    気象の神さまの孔明が、なんであの最も大事な上方谷の雨を予測できなかったんだという考えもありますが(ずっと雨が降ってなかったんだからそろそろ、ということも考えられるのに)、逆に、尽きる孔明の命運があの雨を強引に呼んだとも考えられるワケで・・・私はそう思いたい、ですね。

    やっぱサイコーだな、孔明先生。






    (おまけ)
    新三國第36集1


    ※ 孔明の策略にボロボロにされた曹操の従弟の曹仁が、やっとのことで敵の包囲網を突破して帰還。水攻めに遭い、火攻めに遭い、とっても大変だったと言い訳するのに、機嫌の悪い曹操は「水だの火だのどうでもいいっ!」と怒鳴り、兵の損害を訊く。ビビりながら「だいたい3万から5万・・・」とボカすのに、間髪入れずに「5万だなっ!」と断定する曹操。この場面、笑いました。











    『三国志 Three Kingdoms』予告「第三部 赤壁大戦」





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