「三姉妹」と言えば・・・・・・

    NHK大河ドラマ『三姉妹』2

    あたしゃNHK大河ドラマ『三姉妹』を思い出してしまうんだが、


    NHKオンデマンド 大河ドラマ 三姉妹より
     昭和42年(1967)に放送された大河ドラマの第5作。この年は明治100年を迎えるため、幕末の動乱から明治維新までの時代をとりあげ、 旗本永井家の三姉妹と浪人・青江金五郎の運命の変転を軸に描きました。歴史上の人物、虚構の人物をとりまぜて、時代に翻弄(ほんろう)されるさまざまな人間像が展開します。主人公の三姉妹を岡田茉莉子、藤村志保、栗原小巻が演じ、人気を得 ました。

    とは言え、内容は、というか印象そのものすら、まったく覚えてないけどね;;

    ウチの家族は観てたと思うので、私も観てたはずなんですが、まだ子供過ぎて・・・・それに幕末ものだと、ストーリーそのものが絶対に理解不能だったと思うから、覚えているワケないよな。

    ま、「三姉妹」という言葉のイメージがコレだってことです。

    で、私は三姉妹の三番目だったりします。だからもちろん、男兄弟はいません。なんですが・・・・。


    本日は、私の母の一周忌の法要があり、お昼は家族・親戚での食事会だったワケなんですが、その食事会で利用した割烹というのが、私の高校の同級生の実家なのです。で、彼女も現在は、若女将な感じでそこで働いているのですよ。

    ま、彼女とは、すごく家が近くなのに学校の区割りが違ったために、小学校も中学校も違っていて、やっと市立高校で一緒になったんだけどクラスが一度も同じになったことが無いという、縁があるような無いような不思議な関係なんです。

    でもま、顔見知りではあるし、その後、今回みたいな親族の集まりの時はたいてい彼女のお店を利用するので、ま、在学中よりも今の方がまだお喋りしたりするんですね。

    で、今日も彼女が接待をしてくれていたんですが、その時に

    「同級生の××君と、この間話していたら、ある人のことをshokoさんのお兄さんにあたる人だと言ってたんだけど・・・」

    なんて不思議なことを言うワケです。

    私にとって「お兄さんにあたる人」といえば、もう姉の旦那さん、いわゆる「義兄さん」しかいないワケなんですが、本日同席している実際の義兄さんのことじゃない。その口ぶりが私の直接の「お兄さん」、ま、実兄というような言い方だったんだそうです。

    彼女は、いつもウチの親族の食事会の接待するくらいだから、私に「兄」という存在がいないことは知ってるんですが、でも、私とは一度もクラスが一緒になったことがないくらいだから、ひょっとしていたのかな? とか思ったらしくて、それで私に訊いてきたんですね。

    で、もちろん私は
    「私に兄さんはいないよ」と答え。
    「そうでしょ。不思議だね」
    という会話になった。

    でもね・・・・・

    実は、私には兄がいたんです。実兄です。それも二人。
    でもね、どちらも幼くして亡くなってるんです。私の産まれる前のことだから、私は逢ったこともない。

    で、それを思い出したんで、

    「兄さんはいたけど、子供の時に亡くなってる。私は顔も見たことないし、逢ったこともないけど、その人のことかな? だったらそれはスゴイねーーー!」

    と答えたら、彼女に大ウケしてしまって、「じゃ、今度××君に会ったら、そう言っとくわー」で、その話は終わったんですけどね。

    ・・・・・・・・・・

    後で、コレってなんだろう? と思ってしまった。

    前述したこともあり、私は、自分に兄さんがいたらどうだろう? と思うことがよくあった。
    お兄ちゃんが欲しかったな、と思ったこともあった。
    ま、「素敵なお兄ちゃん」限定だけどね。

    背が高くて、ハンサムで、頭が良くて、優しくて、そうだな、身体は大きめで力が強くて、私が開けられない固いジャムの瓶の蓋なんかスパッと開けてくれて(それかよ)、たまにはおこづかいもくれちゃってさ(アンタ、いくつだよ;;)、そして・・・コレが一番大事だけど、私が不思議なことや変なこと言っても理解してくれる、それが自分の考えと違っていても理解しようとしてくれる、私のことをホントの意味で愛してくれる人。

    そんな「兄さん」がいたらなー、とよく思っていた(↑いるわきゃないけど)。

    それにしても・・・・

    誤解でも嘘でも勘違いでも妄想でも、私の「兄さんにあたる人」という存在が、誰かの口から言葉によって現れたことは、私の人生では初めてだ。これって何よ?

    ・・・・・・・・

    一説によると、もう私たちの棲むこの世界は、三次元が終わって五次元になってるそうだ。
    今はそのことに早く気づくように、ってことを伝えるメッセージを、私は毎日ネットで束のように読んでいる。

    五次元は想念の世界。意志が決定力を持つ世界。強い意志さえあれば、無理が通ってしまうのだ・・・。

    そういうことなのかな?
    どこかに、私が欲しがっていた「兄さん」が存在するのだろうか?

    それは別の現実?
    別のタイムライン?

    かもしれないが、「すぐそこ」なのだ。
    なにしろ、私が思いもかけなかったルートから、いきなり入ってきた情報なのだから。
    それもわたしに対しての、直接的なアクセス、コール、メッセージ、何でもいいから私に届くようにと仕掛けられたものだから・・・・。

    なので、ちょっと間違えれば「兄さん」に逢えるかもしれない、と思った私、なのであったよ。

    その人は、私がずっと待っていた人、なのかもしれない・・・・。





    (おまけ)
    アステアの歌37「Something's Gotta Give」







    <商品の詳細説明>
    フレッド・アステアとレスリー・キャロンによるMGM製作のミュージカル。顔も知らない“足ながおじさん”に思いを寄せる孤児を中心に、優雅な踊りと歌を多く盛り込んだロマンティックな名作。
    【ストーリー】
    アメリカ人の大富豪、ペンドルトン三世はひょんなことからフランスの孤児院で聡明で美しい娘ジュリーをみつけた。ジュリーには本名を明かさないまま自らが後見人になり、アメリカの大学で教育を受けさせることにした。ジュリーは名も知らぬこの後見人のことを“足ながおじさん"と呼び、感謝の手紙を書き続けたが一方のペンドルンは手紙を読む事すらしていなかった。憧れの思いを募らせるばかりのジュリー。しかし、ある日ベルトルンはジュリーのクラスメートの叔父として大学のダンス・パーティに出席した。そこで彼は孤児院にいた時とは見違えるばかりに美しくなったジュリーを見て驚くのだった……。


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