春の季語ともなっている落椿(おちつばき)。

    これは、椿が咲き始めたばかりの寒い頃に、最初に見た落椿だった。

    落椿2013/345-119

    まだほとんどの花が咲いていなかった頃に真っ先に咲いて、その後あっさりと落ちていたその姿に、「なんとまぁ、思い切りの良い」と思ったものだ。

    ま、そんな思い切りの良さに美しさを感じて、写真を撮ってしまったんだけども・・・。

    そんな詩情あふれる「落椿」を、科学的に考察した人がいた。

    「詩情」と「科学」と言えば、あの人しかいない。
    そう、寺田寅彦(てらだ・とらひこ)先生である。

    以下はそのことについて書いたエッセイ「思い出草(二)」からの引用である。


    「落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿(つばき)かな」漱石先生の句である。今から三十余年の昔自分の高等学校学生時代に熊本(くまもと)から帰省の途次門司(もじ)の宿屋である友人と一晩寝ないで語り明かしたときにこの句についてだいぶいろいろ論じ合ったことを記憶している。どんな事を論じたかは覚えていない。

    という寅彦先生であったが、


    ところがこの二三年前、偶然な機会から椿の花が落ちるときにたとえそれが落ち始める時にはうつ向きに落ち始めても空中で回転して仰向きになろうとするような傾向があるらしいことに気がついて、多少これについて観察しまた実験をした結果、やはり実際にそういう傾向のあることを確かめることができた。

    のである。

    つまりコレが、

    落椿2013/345-127

    こうなるワケね。

    落椿2013/345-131

    なるほど、そう言えば、椿は花の面を上に向けて落ちていることが多い。

    落椿2013/345-128

    落椿2013/345-126

    落椿2013/345-125

    だから人の心に強く印象が残り、椿の散りぎわは「首が落ちる」なんて嫌われてしまうのだ。

    寅彦先生の考察は、以下のように

    それで木が高いほどうつ向きに落ちた花よりも仰向きに落ちた花の数の比率が大きいという結果になるのである。しかし低い木だとうつ向きに枝を離れた花は空中で回転する間がないのでそのままにうつ向きに落ちつくのが通例である。この空中反転作用は花冠の特有な形態による空気の抵抗のはたらき方、花の重心の位置、花の慣性能率等によって決定されることはもちろんである。
    と、なおも論理的に進む。

    それから敬愛する漱石先生の句「落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿(つばき)かな」に戻り、虻が花の蕊(しん)しがみついてそのままに落下すると、いくらか反転作用を減ずるようになり、すなわち虻を伏せやすくなる、と続けるのである。

    そしてこう結ぶ。

    こんなことは右の句の鑑賞にはたいした関係はないことであろうが、自分はこういう瑣末(さまつ)な物理学的の考察をすることによってこの句の表現する自然現象の現実性が強められ、その印象が濃厚になり、従ってその詩の美しさが高まるような気がするのである。
    と。

    寅彦先生最後の論文は「空気中を落下する特殊な形の物体――椿の花――の運動について」(”On the motion of a peculiar type of body falling through air ? camellia flower”)という英文論文だったそうだ。


    一般的には、椿の花が仰向けに落ちようとうつ伏せに落ちようと、それはどーでもいいことだろう。

    実際に私も、寅彦先生の研究のことを知るまではそう思っていた。

    でも、そんな「どーでもいい」ことを真面目に研究し、敬愛する人の文学芸術鑑賞にまで昇華させていった寅彦先生という方が存在したということを考える時、何か心に小さな暖かい灯りがともるような気になるのだ。

    それで私はこの寅彦先生の文章を読んでからは、普通は寂しい感じのする花が散ったという状態の「落椿」を見ても、それを悲しいとは思わず、ただただ美しいと思い、

    落椿2013/345-129

    なぜか不思議な懐かしさに、心が温まるような気がするようになったのだよ。

    ※寺田寅彦「思い出草」は青空文庫で読めます。こちら→(寺田寅彦「思い出草」 青空文庫)







    【送料無料】寺田寅彦 [ 小山慶太 ]

    【送料無料】寺田寅彦 [ 小山慶太 ]
    価格:903円(税込、送料込)


    商品の詳細説明
    文理に異才を発揮した寅彦。椿の花の落下運動、尺八の音響学…斬新なアイデアはなぜ生まれたのか。「最後の道楽科学者」の生涯を追う。
    【内容情報】(「BOOK」データベースより)
    文理に異才を発揮した寺田寅彦には、二人の“師”がいた。夏目漱石とイギリスのノーベル賞科学者レイリー卿である。「空はなぜ青いか」の謎を解いたレイリー卿は、私邸の実験室で研究に耽る「道楽科学者」であった。寅彦もまた、随筆や俳句を発表し、音楽や絵画を愉しむ一方で、「尺八の音響学」「椿の落下運動」など、意表をつくテーマの研究にあけくれた。寺田物理学の真髄に迫り、その和魂洋才の精神をさぐる。
    【目次】(「BOOK」データベースより)
    1章 寺田寅彦と二人の師ー漱石とレイリー卿/2章 レイリーと古典物理学ー青空の謎から音響学まで/3章 レイリーとノーベル賞ーアルゴンの発見と放射理論/4章 寺田寅彦と古典物理学ー尺八から椿の花の落下まで/5章 寺田寅彦と新しい物理学ーX線回折と結晶構造の美/6章 寺田寅彦と科学随筆ー二十世紀物理学の助走/7章 寺田寅彦と漱石の面影ー別れと“再会”



    ※この本は、新刊では売り切れのようですが、改題して文庫化されています。それがコチラ↓。でも「椿の花に宇宙を見る」という表題の方が、断然カッコイイですよね。


    【内容情報】(「BOOK」データベースより)
    線香花火/金米糖/身長と寿命/音の世界/透明人間/自然界の縞模様/蓑虫と蜘蛛/蜂が団子をこしらえる話/鳶と油揚/夕凪と夕風/地震雑感/神話と地球物理学…全35篇をわかりやすい解説と共に。
    【目次】(「BOOK」データベースより)
    1章 事物の観察(茶碗の湯/塵埃と光/花火 ほか)/2章 日常現象(電車の混雑について/こわいものの征服/人魂の一つの場合 ほか)/3章 生物世界(藤の実/沓掛より・草を覗く/思出草 ほか)/4章 地球物理学(凍雨と雨氷/瀬戸内海の潮と潮流/夏の小半日 ほか)


    関連記事