【内容情報】(「BOOK」データベースより)
    涙と笑いを織りまぜて歌舞伎界の名優が語った「役者」「歌舞伎」「友」そして「愛しき女(ひと)」たちへの熱き思い。その眼差しはいつも暖かく、チャーミングだ。『スポーツニッポン』紙上で大人気を博した連載「勘九郎かわら版」総集編。

    【目次】(「BOOK」データベースより)
    第1章 歌舞伎のこと芝居のこと(その時が来た/椎名林檎もドロドロ/野田は現代の黙阿弥 ほか)/第2章 とっても素敵な人たちと(座頭一、座頭二、座頭三/さんまさんと幻のシーン/すごい監督だった、河合さん ほか)/第3章 遊びも仕事のうち(神様と会っちゃった!/えっ、青いバンカー!?/見ちゃったよ、ホテルで ほか)

    【著者情報】(「BOOK」データベースより)
    中村勘三郎(ナカムラカンザブロウ)
    1955年5月30日、東京都生まれ。本名・波野哲明。’59年4月、五代目中村勘九郎の名で初舞台。’05年3月、十八代目中村勘三郎を襲名。祖父・六代目尾上菊五郎と父・十七代目勘三郎の芸を継承し、古典から新歌舞伎までどんな役でも魅せる一方で、「コクーン歌舞伎」や「平成中村座」をたち上げ、意欲的に新作にも取り組んでいる。’89年度芸術祭賞、’98年度日本芸術院賞、’04年第52回菊池寛賞ほか受賞多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)




    今朝一番に聞いたテレビの言葉が「・・・さんが亡くなられた」で、画面に目をやって十八世中村勘三郎の写真が見えたとき、一瞬「なんで勘三郎さんの写真?」と思って情況を把握できなかった。

    やっと勘三郎さんの訃報のニュースなのだとわかったとき、本当にびっくりしてしまった。



    (十八世中村)勘三郎さんというよりも、やっぱり私は「かんくろう」さんだな。
    ひょっとしたら、私の人生で歌舞伎役者で名前と顔を一致して覚えた方は、この方が最初かもしれない。
    それくらい、素顔をテレビでよく拝見していた。

    以前ブログに書いたこともあるように、この方に私は勝手に親近感を持っていたし、また地元の「こんぴら大芝居(金毘羅歌舞伎)」の恩人のひとりでもあるしで、本当にこの訃報が悲しい。

    せめてブログで追悼の意を表したい、と何か書きたいと思ったのに、私はこの方の舞台も観ていないし、TVドラマもあんまり観ていないことに気がついた。

    きちんと本放送を最終回まで、ついでに何年か経ってから再放送まで完璧に観たのは、やはり以前ブログで書いたNHK放送の現代劇「ばら色の人生」だけだったりする。

    ひどすぎる、わたし・・・・。

    せめて、大河ドラマの『元禄繚乱』を観ていれば、と思うが、その頃の私はまったくチャンネル権の無かった時代だし、あれ、同じ大河ドラマなら『元禄太平記』は全部観たのに記憶がない;;(憎らしすぎる柳沢<石坂浩二>吉保はよく覚えているのに;;)

    ・・・・それくらい、私にとって、役者さんとして心の中で自然な位置にいた方なのだろう(言い訳っぽいけど;;)。


    この方のことですごく記憶に残っているのは、ミスター・ジャイアンツ長嶋茂雄さんの熱烈なファンだったことで、ある長嶋さんのスペシャル番組でのこと、当時は勘九郎さんだったが、他二名の「我こそは長嶋ファン」という方たちと出演し、質問に対して長嶋さんがどう答えたかを当てる、というものがあった。

    質問は「無人島に持って行きたいもの」。

    勘九郎さんたち三名はそれぞれに「バット」「グローブ」「ボール」などを挙げ、もう頭の中は野球関連グッズ一色。
    それは長嶋さんが、頭の中はいつも野球でいっぱいだということを知っているから、「絶対バットだよ」「ボールだよ」「グローブです」とファンらしい回答をガンガンと展開していく。
    しかし・・・・長嶋さんの答えは「食料(!!)」であった。
    その回答について、長嶋さんがボソボソと(でも一所懸命)説明するのを聞きながら呆然とする三人。

    ・・・・・・・・・・・

    「でもそういう趣旨の質問では無かったんですね」と長嶋さんがすまなそうに詫びかけたそのとき、真っ先に勘九郎さんが
    「食料だよ! 食料に決まってるよ。無人島に行くんだよ? 食料しか考えられないっ!」
    とかなんとか言うと、他の二人も猛然と「その通りだっ!(長嶋さんは素晴らしい!)」と考え付く限り(「バットやボールやグローブなんか無人島に持って行ってもしょーがないもんなっ」「なに考えてんだよ!」←君子豹変す。お見事)のフォローの嵐。
    私はテレビの前で爆笑してしまった・・・・。


    ま、こういう記憶も資料のひとつになるかもしれないから書き留めておきます。

    なんだか勘三郎さん(勘九郎さん)に対する私の記憶は、いつも楽しいものばかりで、思い浮かぶのも笑顔だけだったりします。

    お人柄が偲ばれますね。

    御冥福を心よりお祈り申し上げます。











    『ダヴィンチ』2005年8月号掲載
    今春、歌舞伎俳優・中村勘九郎が、十八代目中村勘三郎を襲名した。アメリカでも話題となった平成中村座、襲名披露公演と、勘九郎から勘三郎へと変わる前後のエネルギーの凝縮された10ヵ月間の演技を、写真家・篠山紀信が完全密着して撮影。ライブ感溢れる写真集。(み)
    【内容情報】(「BOOK」データベースより)
    十八代目中村勘三郎襲名記念写真集。篠山紀信が追った軌跡の10ヶ月。


    【内容情報】(「BOOK」データベースより)
    中村勘九郎として『桃太郎』で初舞台を踏み、やんちゃだった子どもの頃。父・十七代中村勘三郎と母の思い出、名優たちとの数々の出会いと熱き交流。浅草に復元させた平成中村座を、演劇の国ニューヨークでも大成功させた喜び!人気歌舞伎役者中村勘九郎が、自分の誕生日から、勘三郎襲名が決まった日、襲名直前までをエポックごとに書いた驚天動地の「日付入り」半生記。勘九郎の全てがわかる一冊。
    【目次】(「BOOK」データベースより)
    みんな、みんな、ありがとう!/中村屋の人びと/私はいつでも燃えていた/夢は大きく、限りなく

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    【内容情報】(「BOOK」データベースより)
    勘九郎から勘三郎へ。舞台に命を燃やす疾風怒涛の日々。
    【目次】(「BOOK」データベースより)
    さらば勘九郎ー十八代目中村勘三郎襲名(役者の脚、役者の肚/平成中村座NY公演/同志/フルコースディナー ほか)/中村勘三郎、疾風怒涛(二〇〇七 NY席巻/中村勘三郎×ジェームズ・リプトン/二〇〇八 ドイツ見参)

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