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    2008.11.28 新月のカード

    私のHPで新月と満月にカードを引くコーナーがありますが、今日は新月だったので新月のカード占いをアップしました。
    よろしかったらご覧下さい。占いはこちら




    アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉


    続々アメリカインディアンの教え

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    この間、披講の公演に行ったのは紀尾井小ホール。

    四ツ谷の駅から上智大学の横の道をトコトコと歩いていったのだけれど、途中で見つけた石碑には「尾張藩屋敷跡」とあった。

    それを見た途端に嬉しくなり、
    「宗(むね)さんちだっ ムネさーんっ
    と叫びたくなる私。

    いや、最近、時代劇専門チャンネルで放送されている『殿さま風来坊隠れ旅』を観ているもんで、ははは、ちょっとふざけてるだけさ。

    『殿さま風来坊隠れ旅』というのは、次期将軍候補と目される紀州と尾張の二人の殿さまが、藩邸を抜け出して浪人と町人に身をやつし、市井を旅する中で悪を正してゆくという、ま、よくある娯楽時代劇です。(設定のもとは、東映の傑作時代劇映画『殿さま弥次喜多』シリーズなんだと思いますが。)

    紀州の殿さま・徳川治貞(とくがわ・はるさだ)公は浪人となり、仮の名は春田治之進(はるた・はるのしん)で、通称ハルさん。<配役・三田村邦彦>

    尾張の殿さま・徳川宗睦(とくがわ・むねちか)公は町人となり、仮の名は尾張屋宗太郎(おわりや・むねたろう)で、通称ムネさん。<配役・西岡徳馬>

    ああ、そういえば、劇中でムネさんが
    「俺は江戸は紀尾井町の尾張屋の宗太郎だ」
    と名乗ったこともありましたっけ。

    ああ、ホントにムネさんちだよー、と私はホノボノと感激したのさ。

    でもその場所には料理屋さんがあって、もちろんお屋敷ではなかったけどね。

    だけどとっても高級そうな料理屋さんでさ(場所柄からあたりまえだ)、私の頭の中ではムネさんが豪勢に(高貴に??)宴会している姿が思い浮かんで(西岡徳馬だけど)、そこでまたホノボノとしてしまったよ。

    で、ウチに帰ってからそこの料理屋さんをネットで検索してみた。
    すぐに見つかったよ。紀尾井町 福田家さん
    そこの説明にはこうあった。

    <紀尾井町は、明治維新前に紀伊・尾張・彦根(井伊)の三藩の大名屋敷が置かれていたことから、その頭文字をとって地名としました。現在、井伊家の跡はホテルニューオータニ、紀伊家の跡は赤坂プリンスホテル、尾張家の跡は上智大学、そして福田家となっています。>

    ふーん。町の名前にも歴史的意味があったのね。
    それにムネさんちだけじゃなく、ハルさんちもあったのね。
    あとで調べるとどっちも中屋敷だったけど。 この辺でまたホノボノ

    だけど・・・「紀尾井町」の検索にヒットしたものには、とてもホノボノできないものもあった。

    この紀尾井町には、今、新参議員宿舎の移転計画があるんだって。
    場所は紀州藩の跡地・・・ハルさんちだよー。

    おまけに建設予定地はこんなにステキな場所だ。
    なので、当然反対運動が起こっている。

    きっとお役所のやることだ、大した必要事項でもないだろう。
    いつもの税金の無駄使いだろうし。

    そのついでに史跡と自然破壊かよ。性懲りも無い。

    で、ここから反対の署名ができます
    私はこれを書き終わったら、ここにメールを送るつもり。
    興味のある方は見てねん。

    ああ、これが時代劇の世界なら、大名の土地に役人宿舎なんて、
    「この、身分をわきまえぬ慮外者がっ
    と一喝するところなんだが。
    (もちろん今、私の頭の中で高貴に言い放ったのは、きらびやかなお殿さまスタイルも凛々しい三田村邦彦である。)


    嘆かわしいことだね。ムネさん、ハルさん・・・。

    (写真は、必要のない自然破壊はダメだよと言ってるマリオ、である)






    緑資産と環境デザイン論

    ああ、『殿さま風来坊隠れ旅』も『殿さま弥次喜多』シリーズも、まったく商品がないじゃないかー。で、本の紹介である。たまにはこういうものも読まないといけないってか。

    ミニトマトちゃんは、中心部分は枯れているにもかかわらず、脇からまだ葉っぱが伸びてきています。

    それがまた青々としてて、元気いっぱいでねー。
    そういうのがあっちこっちにあってねー。

    ここなんか、お花のつぼみまで見える始末で・・・

    ミニトマト08/11/25-2

    なんだかもうよくわかんないよ。

    もういい、あたしゃ止めないよ。好きなだけ遊んでくれたまえ。


    ああ、それからクリスマスも近づいて来たんで、shopに新しくこんなものも加えてみました。葡萄の小十字架のシンプルペンダント

    クロス・ペンダント

    気合い入れまくったロザリオshopで御紹介しておりますが、そんなに気合い入れたくない方は、こちらなんかいかがでしょうか。(なんだよ、それ

    葡萄とイエス・キリストは、聖書の言葉によるとなんか深い関係があるみたいなんですが、私はよくわかりません。(無責任でごめん
    デザインが気に入ってこの十字架を採用しております。
    ま、お気に召したら御注文くださいね。

    お値段は、メダイ・ペンダントの姉妹編ということで、同じの1800円です。やはり同じく55センチのチェーンつきです。


    それからこちらは、満月に作るマルセイユ石けん(マリオのローズマリー・ティー使用。オプションでホホバオイル入り)の熟成中牡羊座満月ソープです。

    牡羊座の満月ソープ

    いつにもまして、いびつな出来上がりでございます。
    周りをカットして整えれば綺麗にできるんですが、それだけ石けんが減るのでもったいないじゃん。

    今のところ熟成が終わっているのは山羊座満月まで。次の満月では水瓶座満月ソープを御紹介する予定です。

    興味のある方はこちらを御覧くださいませね。

    今回はCMでしたー。




    満月に、祭りを


    コズミック・ダイアリー(2009)



    新月&満月のリズムで夢をかなえる


    この間の金曜日に披講の公演に行きました。

    披講というのは和歌を歌うことで、その公演だから、和歌を読み上げてそれを節にのせて歌うのを聴くというものです。

    なんだかよくわからない、という人が多いと思うけれども、公演の最後には涙をぬぐう人も散見されるくらいのものだったりします。

    私は披講を聴いて、感動はしても泣いたことがなかったので、私の隣の席に腰掛けた人が泣いているのに気づき、感受性の鋭い人はすごいなーと感心していたんですね。

    そしたらば、公演最後の一首で、私もどうしてかわからないままに涙が出てきちゃったのよ。「え、なんで?」と自分で不思議になりましたねー。

    確かにすごくそれは良い歌だったのです。
    だけどそのとき私は披講を聴くのに夢中で、言葉そのものに関する方の注意はいつもほどなかったのね。

    私が言葉に感動するときは、言葉があってそれが心に響いて、ストレートパンチな感じでぐっときて涙が出るのに、何かわからないまま涙が出るのは初めてだったのよ。

    私であって私でない、私がいつも意識していない部分が先に反応してたのね。

    ああ、そういうことが起こるんだ、と思ったとき、
    「こりゃ、あめつちだって動くかもしれないよ」
    と思っちゃったよ。

    「ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。」

    という有名な言葉があるけど、男女の仲をやわらげて猛る心をなぐさめるくらいはあるなと思っても、「あめつちをうごか」すというのは大げさすぎるよと思ってた。

    でも今の私は、それくらいのことはアリだよな、と思ってます。

    いろんな迷信みたいなもの、例えば雨乞いの踊りとか歌とかあるけれど、きっとホントに効力はあるんだよ。
    うまく踊れたり歌えたりできるかどうかだけが問題でさ。

    そんなわけで、いろんな不思議なことを素直に信じられる最近の私である。


    では私が涙した一首。

    「父母よ遠き昔の風ぐるま思ひ致せば廻り候」(中島宝城)



    谷蟆は歌ふ



    和歌を歌う


    細々とですが、まだピーマンは実がなってます。寒いけど元気。

    もう終わりだろうと思って放置しているんだけど、実はついてもそんなに大きくならないだろうと思ってるんだけど、それでも実はゆっくりゆっくり大きくなっています。

    葉が落ちて枯れたら、それなりに片付けようと思っている。
    でも、まだイケるみたいだなー。

    暖かい国ではピーマンは年中収穫できるみたいなので、日本でも本当に寒くなるまでは収穫できるみたいですねー。

    まいったぜ、ピーマン。


    やはり放置のミニトマトも、はじっこの方で頑張ってます。

    ミニトマト-8/11/20

    どうせ枯れるからと添え木をしてなかったのに、垂れ下がりながらも、こっちもゆっくりゆっくり大きくなってきています。

    うう、ほとんどの枝は枯れてるってのにー。

    ま、どんな姿になっても、それなりに生きてる植物は美しいです。
    ウチの庭で良ければ、いつまでも遊んでてくれ。


    ああ、お日さまが照れば、まだ暖かい日中。
    つい、干し物などもしてみたくなり、

    トルマリンのひなたぼっこ2008

    お風呂用トルマリンのひなたぼっこです。


    こんな、のほほんな晩秋の昼下がり。
    珍しく、自分のためだけにコーヒーを淹れました。

    いいわー。こういうの。






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    今朝、マツリカに水をやろうとしたら、マツリカの葉っぱに埋もれるように真っ赤なトンボが寝ていた・・・。

    いやー、ホントに「とまっている」じゃなくて「寝てる」みたいだったのよ。

    写真を撮ろうかな、と思ったけど、どうせ逃げると思ったから、ザバザバとマツリカに水をやったんだが、トンボはまったく動かない・・・。

    ここでまた、動くものを撮るのが苦手な私の「写真撮ろうか」欲が出たのだが、ひょっとして「死んでるのかな?」という気もしてきて、ちょっとさわってみた。
    と、その途端、・・・・・・

    飛んでっちゃったよ、隣の家の屋根より高く、真っ青な空に。

    ・・・ホントに寝てたのかな?
    もう寒いからマツリカの葉っぱのベッドで日向ぼっこしてたかな?


    しょーがないので、マツリカとウチのトンボの石をパチリ。

    この石は、石好きには「水入りエレスチャル・トリコロール」でわかると思うけど、ま、スモーキークォーツとクォーツとアメシストの原石で、中に水が入っているものです。虹も出るんだけど、写真ではわかりにくいね。

    エレスチャル08/11/19

    なんでこれがウチの「トンボの石」かと言うと、たまに日光の下でキラキラしているのを眺めたくなって、お天気の良い日に庭で手に乗せていろいろな角度に回しながら、日をあててキラキラさせていると、トンボの季節ならかなりの確率でトンボが飛んできて、アメシストの部分のてっぺんにとまるんですよー。

    私をまったく無視してとまってくれちゃうんだな、これが。
    とっても不思議なんだけど、本当だよ。

    <ま、外国では、トンボの異名に「魔女の針」(嘘をつく人の唇を縫いつけるそうだ)ってのもあるので、知ってる人に「shokoさん、相変わらずねー」と言われてしまうかもしれないなー。>


    マツリカは、今はまだこんなです。

    マツリカ08/11/19

    暖かいので、ちょっとゴキゲン。

    もうすぐ葉が落ちるけども、なるべく長く緑を見せていてくれ。






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    時代劇好きだが、大奥ものはなんとなくパスしてしまう私。
    なんかドロドロ暗そうでねー。

    しかし、時代劇専門チャンネルは今月「大奥祭り」なんかやっていて、はずみで部分を観てしまったりねー。
    (部分なのは、ウチのダンナがチャンネルを替えるからである)

    で、今日はたまたま『大奥』(2003年版)が最終回だったので、さすが最終回、つい観てしまったよ。
    その中で和宮親子内親王の和歌が紹介されていた。

     うつせみの唐織衣なにかせむ綾も錦も君ありてこそ

    ああ、わかりやすい歌だ。哀しくて可愛いらしい歌だ。

    こういう、ちょこっとでも心が動く和歌に出会ったとき、私は歌ってみたくなる。
    で、少しだけかじった披講で、ちょっとこっそり歌ってみる。

    披講は和歌を歌うこと。

    私がかじった知識によると、誤解されるかもしれないところをすごーく簡単に言うと、披講には2種類の節があるので、とりあえず2通りの節にのせてこそこそと歌を歌ってみた。

    どちらもいい感じなので、二種類の歌い方で遊んだ。

    ちょっと前に、ある人が書いたターシャ・テューダーさんのことを悼んだ文章の中で、ターシャさんを想わせる和歌として紹介されていたものが素敵だったので、やはり同じようにこっそり歌ったことがある。

     玉梓の妹は玉かもあしひきの清き山辺に撒けば散りぬる
    (あなたは玉だったのだろうか。あなたの骨を美しい山のほとりに撒けば、玉のこまかなかけらのように、光りながら散っていった)

    歌うことだから、みんなで歌うと合唱団のようにお稽古しなくちゃいけないし、きちんとやろうとするともちろん大変だけど、ひとりで隠れてコッソリ楽しむ分には少々間違っていたとしても問題はない。

    披講は、今はCD付きの本も出ているし、簡単な入門講座の企画もたまにあるので、表に出せるほどじゃないけどマネごとくらいはマスターできる。

    結構、遊べるよん。
    私が言うと、ちょっと怪しい趣味みたいだけどね。

    (写真は、とある古建築(木造三階建て)の鳳凰さま、である。)





    えんぴつでなぞる・CDで歌える百人一首


    大奥


    笛吹童子の笛は「魔法の笛」。どんな音色かというと、

    「・・・やがて、静かな笛の音が流れはじめた。
    にごりやよごれにみちた人の心を洗うような、人の心をおよびもつかぬ、高いとうとい世界へみちびいてゆくような、たとえようもない美しい音色である」


    こんなだ。
    これだけでも凄いのに、霧の小次郎に言わせると魔力があるのよ。

    「・・・おれはあいつの笛をにくむのだ」
    「・・・名笛のいのちであろう。あの笛の鳴りいずるとき、おれの幻術はその力を失ってしまう。わが幻術がやぶれるのは、天下にただ一つ、あの笛だけだ。おそろしいやつがここにきたもの。あいつにあの笛を吹かれては、霧の小次郎、もうほどこすすべがない」


    魔力というか、破邪の力とか浄化の力があるみたいなんだな。

    霧の小次郎は、その寂しく悲しい生いたちのために、心が半分くらい邪まになっているのね。だからその幻術も大変なものなのに、弱い心のもろさをあわせ持ち、真に強い術となれない。

    じゃあ、笛吹童子の笛の力はなんなんだろう。
    やはり笛が天下の名笛だからというのは確かなんだけど、ああ、古来からよく言われているけど「名笛は人を選ぶ」。

    良い笛は本物の持ち主が現れない限り鳴らない、本物の持ち主でなければその笛は鳴らせない、という言い伝えだけども、これほどの名笛なら笛の方が吹き手を選んでしまうわけで、選ばれちゃった笛吹童子・菊丸くんはどんな人なのかというと、

    いやー、『笛吹童子』の物語を読んでいてビックリしたのは、両親の城が悪者に襲われて、それを知った兄弟が急ぎ留学先から帰国、ならば当然兄弟が力を合わせてとにかく両親のもとに馳せ参じる、のが普通なのに、この菊丸くんは戦のために荒廃した世の中の惨状を見ると、早々に兄の萩丸くんと袂を別ってしまうんですね。「わしは、武士を捨てて面作りになる。一生、面作りで暮らしたい」と。

    ちょっとこれは信じられない展開ですよ。
    萩丸はもちろん、読者の私も呆然としてしまいます。
    菊丸は続けて言います。

    「・・・菊丸は、武士を捨てて、武士以上の働きをしたいのだ。おれは、もう、戦などというもののない、世の中をおだやかに幸福な世界とするような、とうとい仕事に一生をささげたい。いつも戦のために難儀をこうむる、多くのあわれな人々の味方になりたいのだ」と。

    でもお父さんとお母さんはどうするんだよ、菊丸。

    「・・・刀をふるって親のあやうきを救うのも親孝行なら、親を見殺しにしても、天下万民の幸福をはかるのも、これまた孝行」

    いくらお兄ちゃんが助けに行くからって、自分はいいってことにはならないと思うが。で、さすがにこの兄弟のじぃにあたる老臣・右門がいさめると、

    「・・・面をきざむは、これ芸術。世にこれほどの大切なものはない。刀槍の名誉によって武門の棟梁となるも、はかなき現世のうたかたにすぎぬ。人の世の栄華はほろぶることあっても、芸術のいのちは不死不滅だ。いわんや兵はこれ天下災難のもと。しかるに芸術は衆民平和のいしずえ、天下安泰のもと。右にいずるものなし。右門! そちにはわからぬ。たわけとは、そちのような心なき武士をいうのだ」

    と、顔色変えて怒るんですねー。

    名笛の持ち主、菊丸くんは、一般常識からは、というか、私のような一般読者には共感を呼ばせないほど懸け離れた意識の持ち主なんですよ。

    ま、作者が子供たちに理想の限りを語っているわけなんですが。
    文化、芸術に携わる者として、語りたい伝えたい理想。

    とにかく笛吹童子・菊丸くんは、芸術の力を信じている人なんです。
    また、芸術が人々を幸福にするものである、という信念を持った人なのね。
    それが彼の笛の力となっているわけで。

    迷いのない心を持つ者の吹く笛に、迷いだらけの者の術が敗れてしまう。
    ひょっとしたら、ただそれだけのことなのかもしれない魔力。

    魔法ってなんなんだろう、と考えてしまったな。


    少しくらい破綻があっても、おおげさでも、昔の児童読み物は面白いなー。
    作者がまともに勝負してくれてるもんなー。(してないのもあるけど
    読者(私)もまともに読んでしまうぜ。(読めないのもあるけど

    ああ、ついでに『紅孔雀』も読むかなー。
    映画の題名を見ると「呪いの魔笛」も出てくるしなー。
    うーむ。 

    (写真は、清水湧く京都のとある神社(これはどこかわかる人いるよね)である。)





    新諸国物語 笛吹童子


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